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奥之院参道、中の橋の「汗かき地蔵堂」の横に棺掛桜があります。
承和9年(842)7月15日、嵯峨天皇が崩御(ほうぎょ・亡くなる事)されたのですが、遺言によって、お棺を京都嵯峨野の木の上に掲げました。すると、空中より赤い着物を着た8人の天人があらわれ、お棺を担って、五色の雲をたなびかせて飛んで行ったというのです。その飛んで行った先が、高野山の御影堂の北方の山であったとか、この棺掛桜に掛かっていた、などとも言われています。
そして、嵯峨天皇のお棺は、高野山で荼毘(だび・火葬のこと)に付され、そのご遺骨は五輪塔の中に納められ、中之橋に陵墓として建立され、明治時代まではその存在が確認されていましたが、現在は所在不明ということです。
こうした嵯峨天皇のお棺がわざわざ高野山まで飛んできたとするのは、生前、嵯峨天皇と弘法大師とのあいだで、嵯峨天皇が亡くなることがあれば、必ず浄土にお迎えするとの約束ごとがあったからだと伝えられています。
現在の桜の木は、何度か植え替えられているようですが、日当たりが良くないためか、余り元気がありません。
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