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奥之院参道、中之橋と御供所との中ほど付近に位置します。
「父母のしきりにこひし雉子(キジ)の声」
この歌は 良弁(ろうべん)が詠んだとされる、「ほろほろと啼(なく)は山田の雉子(キジ)のこ(声)へ 父にやあらん母にやとおもひしたる」の返歌であるといわれています。
もう説明はいらないかと思いますが、「山に入ってホロホロと鳴くキジの声を、独り聞いていると、あれはひょっとすると、亡くなった父や母の生まれ変わりで はないだろうか・・・」と良弁(天平時代の名僧で日本華厳宗の第二祖)が詠みました。
芭蕉の方は、奥之院参詣での道すがら「キジの鳴き声を聞いていると、しきりに父母が恋しいと鳴いているように聞こえる」と詠んだわけです。芭蕉は貞享5年(1688)、父母の供養にと高野山に登ったと伝えられていますので、この頃に詠んだものかも知れません。同じようにキジの鳴き声を聞いても、受手の心境によってもとらえ方が違うものだと感じさせます。
芭蕉は、伊賀国(現三重県)上野に生まれ、後に、江戸から東北・北陸地方を旅しましたが、このときの紀行文「おくのほそ道」は、近世文学の代表作として特に有名です。元禄7年(1694)年、旅の途中で病にたおれ、10月12日に没しました。
また、芭蕉の句碑に刻まれる文字は、池大雅筆とされています。池大雅(いけのたいが)は享保8年(1723)生まれで、主に京都で活躍した文人画家・書家として知られています。芭蕉の句碑は安永4年(1775)に建立されており、大雅の没年は安永5年(1776)ですので、およそ亡くなる前年頃に記されたものであることがわかります。
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