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お竹地蔵尊(おたけじぞうそん)
山内寺院と諸堂


お竹地蔵尊

お竹地蔵尊
お竹地蔵尊 

 女人堂の正面におまつりされている大きな銅造の地蔵尊は、通称「お竹地蔵尊」と呼ばれています。台座の銘文によりますと、延享2年(1745)5月15日に建立されたものであることがわかります。
 けれども、石造台座には「横山氏造建之」とあるだけで、地蔵尊の名前ともなっている「お竹さん」の名を見つけることはできません。お竹さんの名前が何に依っているのかは現在のところ不明ですが、江戸時代の資料には「横山某」となっているのに対して、明治以降の案内書などには「横山たけ」と、造像主がより明確となっています。
 それによると、横山たけさんは、江戸元飯田町の人で、亡き夫の供養にと高野山へお参りします。そうして女人堂で参籠(さんろう)していていると、地蔵尊の霊夢を見て、そこから一念発起して銅像の地蔵尊を供養したのだと記されています。
 実際の造像に際しては、大阪観音院光照上人と江戸法師言道房が世話方を引き受け、冶(や)工は摂州大阪西高津住 大谷相模掾藤原正次が担当したことが銘文からわかります。そして金剛峯寺の年表では、延享2年8月1日に開眼供養が行われたと記録されています。
 また、同じく蓮台には次のような修理銘が刻まれています。
 「明和四(1767)丁亥天 修復之
  鋳物師 粉川住 蜂屋薩摩掾藤原正勝作」
 「文化二(1805)乙丑三月 
  当山住錺師市郎兵衛 藤原栄就作」

お竹地蔵尊

2009.3.9

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