| 女人堂と小杉姫 (にょにんどうとこすぎひめ) | |
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![]() ![]() 本尊は大日如来像 ![]() |
女人堂が最初に建てられた時期については、明確にすることができません。ただ、女人堂の由来として、悲しい小杉姫の伝説があります。以下に、その内容を簡単にご紹介しましょう。 室町時代の話です。越後の国、現在の新潟県の出雲崎に、「紀の伊国屋」という本陣宿がありました。紀の伊国屋の主人は新蔵といい、その子には心が優しく美しい小杉という娘さんがいました。小杉には、ある日を境にして、次々に不幸の波が押し寄せてきます。そのきっかけとなったのが、次の事柄でした。 ・小杉は佐渡の国の奉行であった植松親正に見初められ、その息子信房との婚約が決まる。 そこから新蔵の後妻であった「安(やす)」のねたみがおこり、小杉における第1番目の不幸が始まります。 第1番目の不幸事 ・実の父親に両腕を切り落とされる。 両腕を切り落とされながら、かろうじて命を取り留めた小杉は、その後、婚約者であった信房と再びめぐり逢います。心優しい信房は小杉を妻に迎え、小杉は杉松という男の子を産みます。そこで再び継母の安(やす)が謀略をねります。結果、小杉と杉松は植松家を出なければいけないことになり、その足で信州善光寺へと向かいます。そこから高野山へと向かう途中で、小杉の第2番目の不幸がやってきます。 第2番目の不幸事 ・山賊に襲われて幼い息子、杉松が死んでしまう。 小杉は杉松亡き後も信仰を捨てず、高野山を目指します。それは善光寺詣での際に見た夢に、弘法大師が何度も現れ、高野山麓の神谷という宿場に善兵衛を尋ね、自らの身の振り方を頼めという内容だったからです。 その夢告げの通り、神谷には善兵衛という人がいて、助けてもらうことができました。そうして小杉は、自らの進路を知ることになります。それは女性たちによる高野参詣のお接待をすることでした。当時、女性は山内に入ることが出来ませんでしたので、高野山まで参詣しても泊まる場所がなく、大変困っていました。これを何とかしようと思った小杉は、自らが持っていたお金で小屋を建て、お茶を出して接待し、それに伴うわずかな浄財を貯え、ついに女性のための籠もり堂を建てたのです。これが後に女人堂となったということです。 小杉は波瀾万丈の人生を62歳で終えたそうです。その後、女人堂の傍らには小杉明神がお祀りされるようになり、現在も女人堂を見守るかのようにその祠があります。 ![]() 「高野山女人堂由来記」を全文を掲載いたしました。 BACK|高野山女人堂由来記 |