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平家の集落跡をたずねて
古来、高野山へと登山するには、高野七口といって、七つの街道が整備されていました。その中の一つ、黒河(くろこ)口ともいわれる黒河街道は、橋本(現、橋本市)から紀ノ川を渡って賢堂、市平、久保、黒河、平などの集落を通り、奥之院の北東に連なる摩尼山と楊柳山の間、黒河峠を越えて山内へと至りました。
こうした街道上の集落の内、平(たいら)と呼ばれた集落は、源平の合戦で敗れた平氏の落人がひっそりと隠れ住んだという伝承があります。また、平の集落から20分ほど北東に向かうと「倉の尾(くらのお)」という峠にでますが、この場所も平氏の落人が住んでいたともいわれています。
この平と倉の尾とはいったいどのような集落であったのか、たずねてみることにしました。

・平の集落跡 ・高野山から平へ
・平から倉の尾へ
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