よもやま記 > 高野山の世界遺産登録





早春の壇上伽藍伽藍、不動堂より根本大塔
初夏の壇上伽藍伽藍、金堂から根本大塔
秋の壇上伽藍

御影供の夕刻
文化財関係

高野山世界遺産登録について
 高野山は平成16年(2004)7月に、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。では一体、高野山の何が、どの地域が世界遺産となったのでしょうか。まずそれを知る前に、世界遺産とは何かということを簡単に説明しておかなければなりません。世界遺産とは、私たち人類の歴史にとってかけがえのない文化遺産と、貴重な自然遺産とを未来につなげるために大切に守っていく制度とされています。登録にあたっては、国際連合のユネスコという国連教育科学文化機関が決定し、その本部はフランスのパリにあります。
 ユネスコが高野山に対して、世界遺産登録の対象として認めたのは次のような内容でした。

 高野山の何が世界遺産に登録されたのか
 1.高野山における世界遺産登録の中心(核)
 世界遺産に登録された場所は、従来より国の史跡として重要文化財に指定されていた境内(けいだい)の多くが含まれています。大門、伽藍(がらん)、金剛峯寺、徳川家霊台、金剛三昧院の各境内地、そして、奥之院全体と自然景観や森林までを含めて登録の対象となりました。
 
 2.参詣道
 高野山麓九度山町の慈尊院、天野社、高野山を結ぶ最も古い登山参詣道は、一町ごとに町卒塔婆(そとば)が180石、建っており「町石道」と呼ばれています。この町石道と、高野山から熊野への参詣道である小辺路と呼ばれる信仰の道が世界遺産として登録されました。
 
 文化的景観としての世界遺産登録
 「文化的景観」・・・この耳慣れない言葉が、少しわかりにくくしているのかも知れません。高野山の景観を形成しているのは、単なる過去の建物や自然ではなく、現在まで脈々と受け継がれている信仰により形づくられているものです。このことが通常の「遺産」という意味合いとは異なるところで、既に過去において産み出され、そして遺されたものではなく、今、現在の高野山の姿が重要となります。すなわち「自然も含めた人間の営みによって形成された景観」を「文化的景観」と呼ぶことになります。
 このことは高野山の町並みをも含めた全てをも意味することとなりますので、山全体が世界遺産であるといっても間違いではなさそうです。

 世界遺産登録名称「紀伊山地の霊場と参詣道」
 和歌山、奈良、三重県の三県29市町村の広範囲にまたがる文化遺産に対して「紀伊山地の霊場と参詣道」と名付けられ、日本では12番目に登録されました。この三県からなる代表的な地域とは、高野山、熊野、大峯吉野であり、古来より重要な霊場の拠点としても知られています。

 「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録趣旨(何処が素晴らしいのか)
文化遺産登録評価基準というものがあり、五項目の内、次の四項目が評価され「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されたのだそうです。

 1.紀伊山地の文化的景観を構成する記念物と遺跡は、東アジアにおける宗教文化の交流と発展を示す神道と仏教の比類ない融合の所産である点。
(インドに起源を持つ仏教は東アジアを通じて日本にもたらされ、我が国において固有の神道と融合しつつ、独自に発展したものが現在も連綿と伝えられている)

 2.紀伊山地の神社と寺院は、それらに関連する宗教儀礼とともに、1000年以上にわたる日本の宗教文化の発展を示すたぐいまれな証拠である点。
(千年以上、宗教文化の伝統と格式を維持しつつ、現在に至っている)

 3.紀伊山地は、日本の多くの地域における神社や寺院建築への独特の形式を生み出す背景となった点。

 4.紀伊山地の遺跡と森林景観は、1200年以上の期間にわたって、永続的かつ並はずれて良好に記録された信仰の山の伝統を反映している点。
2005.6.9
世界遺産登録記念式典とイベント 平成16年7月2日 
伽藍における世界遺産登録記念式典 世界遺産登録記念式典

奥之院から聖火リレーが行われました
霊宝館前を走る聖火リレー
小学生による聖火リレー
小学生による聖火リレー
小学生による聖火リレー
小学生による聖火リレー
小学生による聖火リレー
小学生による聖火リレー
記念式典の旗を振る子供たち
記念式典の旗を振る子供たち

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