

側壁のアミに掛けられたワラジや弁当包み。

本来の位置には小さな鳥居が置かれている。

綺麗な水が湧いている。

道路の反対側は展望所となっている。 |

高野山道路(国道370・480号線)の花坂から高野山までの途中、道路の側壁に真新しいワラジが掛かっているのを見かけることがあります。ちょうど駐車場となっている場所ですが、なぜこんなところにワラジが掛かっているのか不思議に思ったので調べてみることにしました。
高野山は「天下の霊場」と呼ばれているとおり、山上奥之院には広大な墓域が広がっています。奥之院には弘法大師が入定されており、今なお人々を救っているという弘法大師に対する信仰があります。12世紀の初め頃、弘法大師入定地に遺髪や遺骨をおさめる納骨信仰が、皇族・貴族を中心にはじまりました。江戸時代にも納骨・霊場信仰は広がりをみせ、全国の有力大名がこぞって供養塔を建立したことが、現在の奥之院の代表的な景観ともなっています。
こうした納骨信仰は民間でも行われ、高野山周辺の地域では「骨(こつ)のぼせ」と呼んで、高野山へと納髪や納骨が行われました。九度山・かつらぎ・花園・天野・高野口・橋本などの比較的近郷では葬式の翌日に、少し遠い地域(那賀・有田)では四十九日を済ませてからとなります。土葬が主流であった頃は、遺髪、遺摘などを紙に包んだり、竹筒に入れて高野山へと登ったのだそうです。
高野山周辺では現在もこうした「骨のぼせ」が行われており、葬式の翌日の「骨のぼせ」の場合は、遺族は亡くなった人の遺骨や遺髪・遺爪を首から掛け、雨が降っていなくても黒い傘を差して登山します。もちろん現在では自動車での登山ということになりますが、その道中の水場では、死出の旅に出るためのワラジやワラ草履、杖、ワラに包んだおにぎりが供えられます。そして、骨壺などに小枝で水を掛けるのだそうです。
高野山道路の側壁に掛けられているワラジは、「骨のぼせ」による水場の供養跡だったのです。同じ駐車場内には、朱塗りの小鳥居が置かれている小さな谷があって、従来は、この場所にワラジなどを掛けたのだそうです。この場所はわたしたちの憩いの場であると同時に、亡くなった人たちが死出の旅路へと向かう休憩所でもあることになります。駐車場で必要以上に騒ぐことは慎まなくてはなりません。
ちなみに高野山の「骨のぼせ」という信仰は、死者の霊が山に登るという「山中他界信仰」とも関連し、熊野では「髪(かみ)あげ」といって妙法山阿弥陀寺に納骨、伊勢半島では「タケ参り」として朝熊山金剛証寺へと参詣することが知られています。
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