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稚児の滝(ちごのたき)(児か滝)
街道沿いの名所


稚児の滝
稚児の滝

稚児の滝

 南海電車極楽橋駅から山上までの徒歩道を不動坂と呼んでいます。胸突き八丁の不動坂を約2キロメートル登りますと、水量の多い時期には左手の谷から滝の音が聞こえてきます。この滝が「稚児の滝」です。
 滝名の由来としては、そのむかし、子供がこの滝に身を投げたことから名付けられたとされています。また一説には、高野山のお寺で修行中の少年成田粂之助と、神谷(カミヤ)地区の雑貨屋の娘、お梅とが、この世で実らない恋をはかなんで、二人でこの滝に身を投げたとも・・・。
 江戸時代の浄瑠璃・歌舞伎の作者である近松門左衛門(1653〜1724) によって、「心中万年草」(宝暦7年作)の題材となったともいわれていますが、定かではありません。
 さらに、稚児の滝の近くには、「西行袈裟掛桜(さいぎょうけさかけざくら)」と呼ばれる桜の木があったとも江戸時代の文献には記されていますが、 現在は確認できません。


高野山絵図部分(不動坂)
江戸時代の不動坂を描いています。絵図の手前には昔の外不動堂が建っていて、旅人らしき人物が休息しています。さらに登ると、岩不動の祠(ほこら)があり、その向こうに「児ガ滝」として描かれています。
2003.5.4
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