

奥之院にて。

高野山絵図より

ブッポウソウ
久保田写真館提供

豊臣秀次の墓石
参考文献:「雨月物語」 上田秋成 高田衛・稲田篤信 校注 筑摩書房 1997年
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雨月物語は上田秋成によって明和5年(1768)に執筆され、安永5年(1776)に刊行された怪異小説集で全9編からなります。高野山が舞台となっているのは「仏法僧」という話で、時代設定は本文の記述から江戸時代前期、17世紀後半頃と思われます。
仏法僧とは仏教で重んずる仏・法・僧の3つの宝のことで、ブッポウソウという鳥は鳴き声が「ブッポウ」あるいは「ブッポウソウ」と聞こえるためこの名がつけられました。しかし近年、昭和10年(1935)にこの声の本当の主はフクロウの仲間であるコノハズクであったことが判明しています。弘法大師空海は「高野山龍光院に於て後夜に仏法僧を聞く」という題の詩を遺しており、「性霊集」に収められています。「仏法僧」本編においてもこの詩が紹介されています。
以下にその概略をご紹介します。夜更け、あるいは早朝や夕暮れの御廟を訪れたことがある方は奥の院の静寂、霊気を含んだ厳かな空間を思い起こしながらお読み下さい。
伊勢の拝志(はやし)氏の人、隠居して剃髪し、夢然(むぜん)と名を改め旅を老後の楽しみとしていました。京の別荘に滞在したのち夏には末の息子作之治と共に高野詣でに出かけました。山内くまなく拝み廻り、日が暮れてしまいますが宿が見つからず、これもなにかの縁、と弘法大師御廟の前、灯籠堂の縁側に雨具を敷き一晩中念仏しながら夜を明かすことにしました。
杉木立が茂り、水が流れる音がかすかに聞こえるだけの静かな浄域は夜が更けるにつれもの悲しい雰囲気につつまれていきます。夢然が息子に霊場高野山の素晴らしさや三鈷の松の伝説について語っていると、御廟の後ろの林あたりから「ブッパン、ブッパン(仏法、仏法)」と鳴く鳥の声が響きました。夢然は清浄な地にしか棲まないという仏法僧の声に感動し、
鳥の音(ね)も秘密の山の茂みかな
と一句詠みました。
その時遠くから先払いの声がいかめしく聞こえてきて、その声はだんだん近づいてきました。
※当時は姿も知れず、声もなかなか聞くことができなかった幻の鳥・仏法僧。その声は話の構成上重要な転換ポイントとなり、異界への入口が開かれることになります。
御廟橋を渡る音がして先払いの若侍がやって来たので二人は灯籠堂に隠れますがすぐに見つかってしまい、「何者だ。殿下がおいでになる。早く降りてこい。」と言われ、急いで地面にひれ伏しました。ほどなく烏帽子直衣の貴人が灯籠堂に上がり、供の武士4、5人がその左右に座り、さらに数人が遅れて到着し、皆で酒宴を始めました。
貴人は僧衣の紹巴(里村紹巴、連歌師)を呼び、古い和歌、故事についてあれこれ質問し、「風雅集」に弘法大師作として収められる
忘れても汲(くみ)やしつらん旅人の
高野の奥の玉川の水
という歌についても解説させました。
再び「ブッパン、ブッパン」という鳴き声がしたので貴人は紹巴に一句詠ませようとしますが紹巴はこれを辞して夢然を呼び、「先ほどの句を殿下に申し上げよ。」と命じました。夢然は今起こっている事が夢とも現実とも分からないまま恐る恐る「殿下とはどなたの事でございましょうか。このような山奥で宴を開くとは、何とも分からないことでございます。」と尋ねました。
紹巴が答えます。「殿下と申し上げるのは関白秀次公(豊臣秀次)でいらっしゃる。他の方々は木村常陸介、雀部淡路、白江備後、熊谷大膳、粟野杢、日々野下野、山口少雲、丸毛不心、隆西入道、山本主殿、山田三十郎、不破万作、そして私は紹巴法橋である。」。
※豊臣秀次については高野山よもやま記「秀次辞世の句」参照。供の家臣も秀次自刃の前後に殉死した人々です。秀次らの霊が成仏できず、深夜の御廟前にあらわれていた、という訳です。
夢然は大いに驚き、怖ろしさに震えながら紙に先程の句を書き付け、差し出しました。山本主殿がこれを詠み上げると貴人(秀次)が「だれかこの句に末の句(付句)をつけてみよ。」と命じました。山田三十郎が進み出て
芥子(けし)たき明すみじか夜(よ)の牀(ゆか)
(※「みじか夜」は夏の季語、牀は護摩壇のこと)
と詠むと「悪くない」と言って皆で杯を回しました。
その時雀部淡路が顔色を変え「はや修羅の時刻になったのか、阿修羅どもがお迎えに来たようです。」と言うと皆顔を真っ赤にして立ち騒ぎ始めました。秀次が夢然親子も連れて行こうとしましたが、家臣たちに諫められ、そうしているうちに声も姿も消えてしまいました。
夢然親子は気を失い、夜が明けると急いで山を下り、京へ戻りました。ある日夢然が京都瑞泉寺の悪逆塚(秀次とその妻子侍妾三十数名の首を埋めた塚)を思い出し、寺を眺めて「昼間でもゾッとする。」と京の人々に語ったのを記したのがこの話である・・・と物語は締めくくられています。
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