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 門前の盥と水桶(たらいとみずおけ)
その他



金剛峯寺門前
高野山鎮座渡御之図部分
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柄杓が置かれる盥
柄杓が置かれる渡御先の門前盥
柄杓が置かれない盥
柄杓が置かれない寺院の門前盥
上の写真3枚は「高野山鎮座渡御之図」部分と拡大


結界を意味する杉葉
結界や魔よけを意味する杉葉。葉の先端を外に向けて敷くのが慣わしです。

 高野山に春が訪れた頃、金剛峯寺を初めとして山内寺院の門前には大きな盥(たらい)や水桶(みずおけ)が用意されはじめます。左右一対であったり、門前までいくつもの水桶が等間隔で並べられることもあります。盥の手前には杉盛りとも呼ばれる杉の枝葉を独特な形に設えたものを置き、さらには道の両側に杉葉を敷き並べることもあります。現在、こうした盥や水桶が用意されるのは、山内の主要な法会や各寺院においての催しなどがあった場合に限られています。
 従来、この盥を「馬盥(ばたらい)」とも呼び、馬を洗ったり水を飲ませるためのものだと説明されることもありました。その理由として、大名や徳の高い参詣者は馬に乗って登山する場合も少なくなかったためだといいます。確かに交通機関が発達する以前には、山麓から人を乗せたり、荷物を上げる役割を担ったのは馬でもあったわけですので、時には喉が渇いた馬が、こっそりと盥の水を飲んだこともあったのかも知れません。それでも馬に与える水を寺院の門前に置くのは、いかにも不自然といわなければなりません。
 こうした盥の用途が不明確なのは、記録している文献が少ないことが上げられそうです。逆に言えば、盥や水桶が日常的に使用するべきものであって、当時としては記録するに足らないものであったことを示しています。それが現在に到っては明確な用途が分からなくなり、馬の飲料水などと誤って伝えられるようになった可能性も考えられます。
 それでは高野山周辺地区の寺院ではどうかというと、同じように盥や水桶と杉盛りが行われており、それは参拝者の清めの手洗いと、杉葉は手をぬぐうために使用していたそうです(注1)。
 盥の用途をさらに確かにする資料として、高野山麓の丹生酒殿神社に現存する絵馬が参考になります。この絵馬は丹生酒殿神社に対して高野山側が奉納した「高野山鎮座渡御之図」というもので、その中に、渡御(とぎょ)先の寺院である門前に水を張った盥が置かれていて、しかも柄杓(ひしゃく)が添えられて描かれています。つまり柄杓があることによって、手洗い用であることを意味していることになります。ただし、同じ絵馬の中には別寺院の門前も描かれ、そこには盥のみで柄杓が置かれていません。これをどう理解するのかは、今後の課題ということになります。
 一方の杉葉を盛ることに関しては、本来、地面に敷き、手を清めた水が地面に当たって跳ね返らないようにするものであったものが、現在のように杉葉を盛った形に変化したのではないかという説も提唱されました(注2)。
 何れにしても、当時は普通に使用していたものが時間と共に忘れられ、本来の用途とは違った意味に解釈されてきたということになります。
 ちなみに現在も柄杓が置かれていないのは、心ない人によく持ち去られることもあったようなので、いつしか置かれなくなったという話もあるようです。こうしたことが、盥の意味をさらに分かりにくくした一因なのかも知れません。
 また、地面の道沿いに敷く杉葉は結界を示すもので、神様の通る神聖な道であることを意味しているということです。

注1『山寺閑談』「法会の水桶と杉の葉について」井上龍雄著 昭和52年発行
注2「高野山教報」第1419号「高野山各院の門前に祀られる手水鉢と手水桶」日野西眞定著 平成20年3月1日


金剛峯寺門前の盥と水桶
金剛峯寺門前の盥と水桶
 写真資料

2009.4.12

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