

高野索道

九度山椎出にあった索道起点。登山参詣者の手荷物も2時間で宿坊まで配達することができたようです。看板には「高野登山口 手荷物は索道でお送りいたします」と書かれています。 |
高野山の索道概略
高野山上での生活必需品である物資をはじめ建築資材の運搬は、明治時代の終わり頃までは牛や馬50頭と200人を超える人達によって輸送が行われていたといわれています。
それが明治44年〜45年(1911〜12)頃に九度山町椎出(しいで)から高野山上を結ぶ索道が高野索道会社によって引かれ、それ以降、様相は一変します。但し、あくまでも物資の運搬用であって、人を運ぶものではありませんでした。
索道とは、いわゆるロープウエーの事です。大正10年(1921)の霊宝館建設の際も、石材や砂、セメントなどが、この索道によって運ばれた記録が残っています。
さて、その索道の発着位置ですが、高野山側は大門の北側にあり現在駐車場となっている場所だと思われます。また九度山側は南海電車高野下駅付近の椎出地区に存在しました。

高野索道の広告です。『伝説の高野山』より。掲載許可取得
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