| 営林署の学校施設(官行教育場) | |
| 森林軌道・山林・索道 |
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営林署による高野山周辺の森林事業に伴い、従事者家族の子弟教育の一環として、専属の学校施設である「官行教育場」が開設されました。ここではそうした一面について触れてみたいと思います。 |
| 高野営林署教育場 (官行教育場) |
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当時の教育場の風景です。 奥の男性は名越という先生で、その手前の少年がKさんです。 Kさんこの時6歳ということですので、大正13〜14年頃の写真ということになります。 この当時の建物のほとんどは、切り出されたスギやヒノキの皮で覆われており、冬期は随分と寒かったと聞きました。 こうした山の生活があったことを、記録としても遺しておきたいものです。 |
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左の写真は営林署の主任と、営林署で働く家族の皆さんでの記念撮影。 手前にはトロッコ軌道が写っています。写っているのは女性と子どもばかりです。 下の写真は昭和15年当時の営林署任官時の制服姿です。 ![]() 柏木金治さん提供 |
![]() 官行教育場(学校)を中心として集落を形成していたことを知る貴重な写真です。集落の中央にはトロッコ軌道が見えます。 現在この場所は、高野町相ノ浦へと向かう貯水池の底に沈んでいます。 |
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急峻な山肌を利用して、木材で滑り台のようなものを造り、そこへ切り出した木材を滑らせて下方へと運搬する方法の一つ。 下では川の水を堰き止めておいて木材にキズが付かないようにして集材する。 小学生などが見学に訪れています。写真の修羅出しが行われた場所は、現在の高野町貯水池の西でした。 高野営林署写真 |