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高野豆腐を一日一個食べると、ダイエット効果があるというので、最近特に人気上昇中なのだそうです。
しかし私が興味を持ったのはこのダイエットではなくて、「高野豆腐」という名前の「高野」が、高野山からネーミングされたものだったことを知ったからです。そこでこうしたダイエット人気にのって?、高野山の高野豆腐事情について少し調べてみることにしました。
現在では「こうや豆腐」という商品名?で知られていますが、昔は「氷豆腐(こおりどうふ)」といったそうです。ただし、JAS(日本農林規格)では、正式な食品名として「凍り豆腐」と書くそうです。ここでは従来通り「氷豆腐」「高野豆腐」と記述することにします。
「氷豆腐」発祥の地が高野山であるかどうかの確証は無いのですが、江戸時代には高野山の精進料理や参詣土産の代表にもなっていましたので、いつしか「高野(こうや)」の名前が冠され「高野豆腐」と呼ばれるようになりました。
江戸時代の文献(『紀伊続風土記』)を見ますと、中世以来、高野山で製造される氷豆腐が「天下に流布す」と記されています。さらに山上には十数軒の氷豆腐屋があり、数十万個(年間か?)を製造していたことが記されています。
なかでも、当時、源兵衛という人が造る氷豆腐は絶品だったそうです。ある地方でも、その名前をかたって「源兵衛豆腐」として売っていたといいますから、相当な人気だったのでしょう。中には花びら形にして造ったものもあり、「花氷」などと呼んだようです。
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